大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和45年(う)878号 判決 1970年7月30日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

<前略>

(当裁判所の判断)

一、控訴趣意第一点について。

論旨は原判決には理由を附せず、又は理由にくいちがいがある、というのである。

よつて検討するに、

(一) 原判決は(罪となるべき事実)において「被告人は、……逗子市新宿一丁目二番一号地先の交通整理の行なわれていない交差点を県営駐車場から湘南道路方面に向かい直進する際、右交差点は、左右の見とおしが困難であつたから、うんぬん。」と判示しているから、原判決が、本件地点を交差点であると認定したことは明らかであるが、右(罪となるべき事実)摘示だけからは、右交差点を十字路交差点とみたか、丁字路交差点とみたかは原判文上明らかでない。ただ、原判決が(無罪の主張について)と題する部分において、被告人および弁護人の被告人には過失責任なしとし無罪であるとの主張に対し、駐車場また駐車場と目すべき場所から車両を運転して一般市街地道路に進出する場合、および、被告人ら主張のとおり駐車場内の中央部分が道路にあたるとした場合、の両者を検討しているところをみると、原判決は、本件交差点が交差点であると認定しただけで、それが十字路交差点であるか丁字路交差点であるかを一義的に確認していないものと思われる。してみると、本件交差点の認定に関し、理由にくいちがいのないことはもち論、原判決は本件交差点が十字路交差点であつても丁字路交差点であつても、いずれにしても被告人に一時停止または徐行して左右道路の交通の安全を確認して進行すべき注意義務のあることを認めているから、原判決に理由不備の違法があるということはできない。

(二) 次に、原判決が、本件事案において、被告人に「……一時停止または徐行して左右道路の交通の安全を確認すべき注意義務がある……。」と認定していること前記のとおりである。そして、さらに、原判決は、被告人の行為として、本件交差点を「……県営駐車場から湘南道路方面に向かい直進する際、……左右の安全を確認せず、時速約二〇キロメートルで進行した……。」と認定し、これを前記注意義務に違反した過失であると判断しているから、原判決にはこの点に関しても理由不備の違法があるということはできない。

(三) ところで、原判決が被告人の過失責任を認めた根拠が被告人側に広路優先の法理(道路交通法三六条二項参照)を認めなかつたことにあることは、原判決の(無罪の主張について)と題する部分の記載に徴し明らかである。そして、右部分の記載を精読すれば、原判決は、そもそも、被告人は、駐車場または駐車場と目すべき場所から車両を運転してきて一般市街地道路に進出してきたものとして、広路優先の法理の適用の有無を論ずるまでもなく被告人に前記のような注意義務あることを認め、かりに、右駐車場内の中央部分が道路であるとしても、その道路は通り抜けのできない袋地内の車路であるから広路優先の法理が働く場合でない、としていること判文明らかであるから、右見解の当否は別論としても、これをもつて、原判決に理由不備の違法があるとすることはできないのである。

(四) さらに、原判決は(無罪の主張について)の部において、「……同法(道路交通法)に規定する先入車両優先の法理は交差点内の空間部分に相当の広さがあり、かつ対面車両が先入車両に対処しうるだけの時間的空間的余裕のある場合に働く法理であつて本件の場合はこれを適用する余地はない。」と判示していること、所論指摘のとおりである。そして右見解については相当の疑問があり、当裁判所としてもにわかに是認し難いものがある。しかし、これは原裁判所の右見解の当否だけの問題であつて、これをもつて原判決に理由不備あるいは理由のくいちがいの違法があるとすることはできない。

要するに、原判決には理由不備あるいは理由のくいちがいの違法はない。

一、同第二点について。

論旨は、原判決が(無罪の主張について)と題する部分において、

(一) 被告人の運転する車が進行して来たところが、駐車場または駐車場と目すべき場所であつて道路ではないかの如く認定して、前記のようないつたん停車または最徐行等の義務の存するかの如く判示し、かりに、駐車場内の中央部分が道路にあたるとしてもその道路は通り抜けのできない袋地内の車路であつて市街地の一般道路とはまつたく異質なものと観念すべきであるとし、(二)右車路とこれと交差する一般市街地道路との関係はそれぞれの幅員に関係なく道路交通法に規定する広路優先の法理は働らかず、(三)また、同法に規定する先入車両優先の法理は交差点内の空間部分に相当の広さがあり、かつ対面車両が先入車両に対処し得るだけの時間的空間的余裕のある場合に働く法理であつて、本件の場合に適用する余地はない、としているのは、いずれも法令の解釈適用を誤つたもので、判決に影響を及ぼぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない、というのである。

よつて検討するに、

(二) 被告人が、普通乗用自動車を運転し進行してきた、逗子市新宿一丁目二番地の県営駐車場の土地は、昭和三九年に神奈川県が逗子都市計画に基づく街路用地として買収したもので、将来は田越川に架橋して右駐車場から桜山海岸通り小坪線道路に達する県道を建設する予定になつているところ、右計画達成までの間、夏期対策として一時的に駐車場として開放されたものであるが、本件当時においては夏季のみにかぎらず、常時一般に開放使用され、駐車場の出口すなわち南西側は本件において石渡幸一の運転する普通乗用自動車が進行してきた、南東側において約3.85メートル、同人の進行方向北西側において約3.90メートルの市道二四五号線にほぼ直角に交接し、同道路を隔てて国道一三四号線に交差する幅員10.80メートルの道路に通じ、駐車場に向つて右側出口付近すなわち南側には高さ1.65メートルの、表示板の部分、縦1.00メートル横2.00メートルの「県立無料駐車場神奈川県」と書いた木製の表示板が、石渡幸一の進行してきた前記市道に面して立つており、東北側は田越川に接し行き止まりとなつているが、これに至る間の左右部分に駐車区劃線を設け、中央部分を車路とし、駐車区劃線内は駐車の為だけに利用されるべきものであつたとしても、中央車路部分は右に駐車するための不特定の車両が通行できるように区劃され、現況も少なからぬ車両がそのように右車路部分を通行利用していただけでなく、右駐車場の西北方に接するホテル逗子ガーデンおよび同所一階に設けられているいくつかの飲食店へ赴く客等も自由に右駐車場内を通行していたものと認められる。ところで、道路交通法は二条一号で道路の定義をしているが、右にいう道路は道路法に規定する道路等のほかに、特に、「一般交通の用に供するその他の場所」をも掲げているから、前記のように県営駐車場内の一部であり、田越川によつて行き止まりとなつており、また入口に前記のような表示板が立つていても、別段管理人もおかれておらず、少くとも本件駐車場内の中央車路部分は不特定の人や車両が自由に通行できる状態になつており、現にそのように通行利用されていたものと認められるから、右にいう道路に該当するものと解するのが相当である、と考える(最高裁判所昭和四四年七月一一日第二小法廷判決参照。)。検察官が、答弁書に掲げる判例の趣旨をできるかぎり参酌してみても、前記中央車路の部分が道路であると認定することの妨げとなるものとは思われない。特に、道路性を否定した仙台高等裁判所昭和三八年一二月二三日判決や、検察官が特に答弁書に掲げていないが、同じく道路性を否定した東京高等裁判所昭和四五年六月三日第七刑事部判決は、当該箇所の通行につき土地管理者の許可ないし諒解を要した場所、すなわち、客観的に不特定多数の者の交通の用に供されているとみられない場所についての判決であるから、本件とは事案を異にし適切でない。そして、この点については、原判決も、本件中央車路部分の道路性を一義的に否定し去つているわけではなく、「かりに駐車場内の中央部分が道路にあたるとしても」として、それを前提とする判断を示しているのであるから、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈、適用を誤つた違法がある、とはいえない。

(二) ところで、右車路部分は、石渡幸一の進行していた市道二四五号線への出口において幅員9.42メートル、奥行47.00メートル、田越川に接する部分において幅員3.68メートル、(同地点の幅員を前記市道と平行に測定すれば幅員がより狭くなることは明らかである。)、というくさび状の形をしていて、右市道出口付近においては、幅員3.85メートルないし3.90メートルの同市道より道路の幅員が明らかに広いと認められるが、右車路の部分は、前記のとおり、駐車場内に設けられた奥行わずか47.00メートルの袋地で、かつ、くさび状の形をしているきわめて特殊な道路であるばかりでなく、右駐車場の市道ぎわの入口付近には県立無料駐車場神奈川県と記した前記縦1.00メートル横2.00メートルの木製の表示板が立てられていることなどからみても、右が通り抜けできる普通の道路であるとは何人にも思われない特異な通路であることに思いをいたすと、右市道を進行する車両と右車路から進出してくる車両との本件交差点における優先通行の順位を単にその幅員のみを基準として一義的に決定しようとするのは妥当な見解とはいい難い。最高裁判所昭和四三年七月一六日第三小法廷判決が、「車両等が道路交通法第四二条にいう『交通整理の行なわれていない交差点で左右の見とおしのきかないもの』に進入しようとする場合において、その進路の幅員が明らかに広いため同条により優先通行権が認められているときには直ちに停止することができるような速度にまで減速する義務があるとは解されない。」としているのは、その進路が、これに交差する道路よりも明らかに幅員が広い通常の道路であることを前提とし、このような場合には当該交差点における優先通行の順位が一般社会見解上おのずから明らかであるから、その車両の運転者に徐行ないし停止の義務を課さなくても、その間に交通上の混乱を生ずる恐れのないことを考慮した趣旨に出たものと解せられる。したがつて、単に交差点における道路の幅員の広狭のみを比較してただちに本件車路に優先通行の法理を適用し、これに右判例の趣旨とするところを推及しようとするのは、妥当な見解とはいい難い。してみると、右車路の市道への出口の幅員が9.42メートルで、石渡幸一の進行していた右市道よりもその幅員が明らかに広くても、左右の見とおしがきかない本件交差点においては、前記最高裁判所昭和四三年七月一六日判決の趣旨に鑑み、被告人が、事故の発生を防止するため、右交差点に入ろうとするにあたつて徐行して左右道路の安全を確認し、場合によつては一時停止するなどして事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるものといわなければならない。原判決が、広路優先の法理の適用のない理由として、本件車路が通り抜けのできない袋地であることのみをあげているのは、ややその説明が不十分であるとも思われるが、結局結論においては正当であり、法令解釈の誤りはない、というべきである。

(三) 最後に、所論の主張する先入車優先の法理について検討することとする。本件に右法理の適用がないとすることについての原判決の理由づけがにわかに是認し難いことは前記のとおりである。本件において、被告人の運転する自動車と石渡幸一の運転する自動車の各速度、衝突の部位、地点よりみて、被告人車の方が石渡幸一の運転する車両より先に本件交差点へ入つたものと推認されることは所論のとおりであるとしても、本件における被告人の過失は、前記のように本件交差点に進入するにあたつて徐行又は一時停止して左右道路の安全を確認すべき注意義務に違反した点にある。被告人車にとつて本件交差点は左右の見とおしのきかない交差点であるが、交差点直前まで進出すると左方石渡幸一の進行してきた道路の見とおしがよくなるから、被告人が、前記注意義務を履行していたならば被害車両の発見も容易であり、本件事故の発生も防止し得たものと認められる。してみれば、結果として被告人車が本件交差点への先入車両になつたとしても、その前提において前記のような注意義務違反がある以上、先入車優先の法理適用の有無を論ずるまでもなく、被告人としては右過失による責任を免れ得ないすじあいのものというべきである。

以上の次第で、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の解釈、適用の誤りはない。論旨は理由がない。

よつて本件控訴は理由がないから、刑事訴訟法三九六条によりこれを棄却し、当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。(樋口勝 目黒太郎 伊東正七郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例